ところで経験を構成する2つの原理がある。①相互作用の原理②連続性の原理である。経験の価値を測る上記2つの原理はあまりにも密接に結びついているので、「個人の自由と社会的統制」という問題から議論を始めたい。教育から視野を外す時、普通の善良な市民は事実上社会的統制によく服従している。

経験と教育 (講談社学術文庫)

経験と教育 (講談社学術文庫)

●そして統制のかなりの部分が、個人的自由の制限を含んでいる事に気付かない。つまり個人の行動の統制は、その個人が含まれ分担している協同的で相互作用的な役割をもっている全体的状況によって効果的なものにされている。この時私たちは誰か一人の個人に支配されていると感じていない。

●このことは自由を侵害しないで、個人を社会的に統制するという一般的原理を説明する。秩序を打ち立てるのは、一人ひとりの人間の意志や願望にあるのではなく、集団全体を推進させる精神であり、統制は社会的なものである。つまりよく統制された中で権威(親、教師)が行使される時、それは単なる個人的意志の表明ではなく、全体としての集団の利害あるいは代行者として行使されている。

●ところが伝統的学校では、おとなの意のままに服従させる事柄で占められている。秩序が、生徒全員が分担して行っている作業の中にあるのではなく、教師が生徒を管理し秩序を維持している。ここから社会的統制の根源は、すべての個人が貢献する機会をもち、それに対して個々人が責任を感じるような社会的事業として行われる作業の性質そのものの中に存在していると言える。

●教育者はすべての個人が貢献する機会をもち、個人が活動そのものの中で必要とされる統制の主要な運び手となるような組織づくりが必要で、そうした活動を選び取ることができる教材についての知識に責任を持つ。統制上の失敗は前もっての次のような活動計画が十分思慮深く立てられていないことに帰着する。
・自分が扱う生徒たちに共通する能力、要求の調査
・これら特殊な生徒の能力を発展させ、それらの要求を満足させるような経験からでてくる教材、教育内容を提供するにふさわしい条件を整える必要
・教育計画は、経験する個人の自由が個別的に展開されるにふさわしい柔軟なもの
・個人の能力が持続的に発展する方向をしっかり示すにふさわしいもの

●経験の発達が相互作用から生じる原理は、教育が本質的に社会過程であることを意味している。それは生徒が共同体集団の形成にかかわる程度に応じて実現する。ところで教師は、共同体集団の中で最も成熟しているので、集団の相互作用と相互伝達において教師ならではの格別の責任がある。教師は外部的な支配者ではなく、集団の活動の指導者としての立場をとる。