“今ここ”と認知バイアス〜「21世紀の啓蒙」を読んで

私は“今ここ”で起きる気持ちや想い、感じを大切に生きていきたいと思っているのだが、最近 この“今ここ”を大切にする上で、気をつけないといけないなと感じたことがある。それは「認知バイアス」によって、私が多くの思い込みをしていること、それによって“…

半年ぶりの体験学習で思ったこと

コロナ禍のなかで、私が関わるラボラトリー方式の体験学習の場はほとんど中止になってきた。組織研修も、Tグループを中心とするラボラトリーもである。この体験学習ではいわゆる3密を避けられないからだ。しかし先週の金曜日、久しぶりに毎年行っている看護…

『LIFE SHIFT〜100年時代の人生戦略』を読んで

これもまたコロナ後の世界をイメージするために『LIFE SHIFT〜100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著)を読んだ。本の題名どおり100歳を超える長寿が一般的になる時代に、個人や企業、政府がどのように対処していったらい…

LIFE3.0〜人工知能時代に人間であること

コロナ後の世界がどんな風になっていくのかを探る中で、『LIFE3.0』という本に出会った。これは物理学者のマックス・テグマークが、超知能AIが出現したらどうなるかをシュミレーションしたものである。彼はAIの安全性研究を主流にのせ、有名な「アシロマAI…

新型コロナウィルスの蔓延のせいで、生活が一変して半年が経とうとしているが、このコロナウィルスは私にも多くの悪影響を与えている。高リスクの高齢家族と同居しているため、20代の息子も含め感染リスクを最低限にする生活をしなければならなかった。 だ…

コロナ危機の中の私の選択的変化〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」より

前回記述したジャレド・ダイアモンドの危機を克服する12要因を見ながら、私がこの新型コロナウィルスという危機にどのように対処すればいいのかを考えていきたい。私はまずこの問題が私や家族にとって大きな危機であるとはっきりと認識している。 このウィ…

選択的変化〜ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」

今ジャレド・ダイアモンドの「危機と人類」を読んでいる。この本は著者が馴染みの深い7つの国で起こった危機を取り上げ、どのようにその危機を乗り越えてきたのかを著述している。まだ途中なのだが、特に興味深かったのが、「選択的変化」と言う概念だ。 例…

再び市民プロデューサーの時代へ

「市民プロデューサー」という言葉をふと思い出した。この言葉は、1995年の阪神大震災をきっかけにNPOが社会的に認知されていく中で大阪ボランティア協会が開いた「市民プロデューサー養成講座」をきっかけに、NPO業界ではかなり流行した言葉だ。 私もこ…

カミュの「ペスト」

カミュの「ペスト」を読むことができた。コロナ流行の中で今再び注目されていると聞いた時は手に取るつもりはなかったのだが、この本は実際にはナチス占領下の人間模様をペストに託して描いていると知り、にわかに興味が湧いてきて読むことにしたのだ。 実際…

それでも私は「怖い」と言う

今再び日本の多くの地域で新型コロナウィルスの感染者が増加している。4月ごろの感染者数より多くなる地域もあって、世論調査などを見ても多くの人が心配していることが感じ取れる。私自身も残念だが、毎年家族で行っていた温泉旅行をキャンセルせざるを得…

対立を煽る人への関わり方

ふとした出会いで『危険人物をリーダーに選ばないためにできること』という本を読んだ。この本の著者ビル・エディは心理臨床を経験した後に弁護士となったが、数多くの現場で「対立を煽る危険なパーソナリティ」のために葛藤が起きていることを知り、そうし…

コロナの中で働く若者の葛藤

新型コロナウィルスが再び蔓延を始めているが、単に数字が増えているというだけでなく、本当に身近に迫ってきているなと感じている。というのも私の子供は塾の先生をしているが、その塾の生徒が通う小学校で一年生の児童が新型コロナに感染したのだ。そして…

災厄を最低限に抑えてくれる「堤防」のような人々

先日NHKの「英雄たちの選択」という番組で、現代に至るまで岡山を守る堤防を築いた津田永忠を取り上げていた。彼も未来に起こりうる災厄を防ごうとした人なのだなと感じる。そして彼の築いた堤を見ながら、洪水以外の災厄にもそれを防ぐ「堤防」に似たものが…

新型コロナウィルスに対するリスクへの感度

私はこの頃、新型コロナウィルスに対するリスクへの感度は一人一人違うなあと実感している。身近なところでは家族内での違いがある。4人家族の我が家では86歳になる母がもっとも大胆だ。あまり気にせず公共交通機関にも乗るし、外食もする。 他の3人は母…

8割おじさんこと西浦博さんを巡って

ここ1ヶ月ほど本のまとめなどをしていたので、「今の私」が感じていること、思っていることを言葉にすることがお留守になってしまっていた。何かを忘れている感じがないでもない。そこでしばらくは特にテーマを決めず、「この頃の私」が徒然に思うこと、感…

未来を生かす人々4〜子どもの子どもの子どものために

今世界には様々な価値観があふれ、人々の間に分断と衝突が見られる。社会は複雑化し、善意の行動が悪をもたらしてしまうこともある。情報操作が行われ何が真実なのかを判断することすら難しい。そして力を持つ人々がその力を誇示し押し付ける。こうした世界…

未来を生かす人々3〜ラボラトリートレーニングの意味

「未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動を、今ここで自分の担う荷物として受けいれる人々」のことを思い巡らせている。そして私が従事してきたラボラトリーもこの「未来の災厄を防ぐ」という観点から捉え直すと、より深くその意味を理解できるように感じ…

未来を生かす人々2〜小さい人であること

「未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動を、今ここで自分(自分たち)の担う荷物として受けいれる人々」(=未来を生かす人々)は世界の救済や国家の大業という檜舞台だけではなく、市井の目立たない場所にもいるように思う。そしてその人の小さな行動が…

6月 05日 未来を生かす人々1〜未来に起こるかもしれない災厄を防ぐ行動

先日、歴史学者のファーガソンがこれからの社会を語る番組を見ていて、とても面白い考え方を提示していた。それは未来に悲惨な結果をもたらす災厄があるということはわかっているが、それがどのくらいの確率で起こるかわからない時、どのように対応するかと…

ながれと形7〜人間関係の中の流れ

前回までに書いてきたように私にとって大切なことは、今ここに従って、私が私であること、新たな自分になることである。それは私の身を流れる気持ちや想い、感じなどの「今ここの実在の流れ」がより良く流れる方向へのパーソナリティの成長としても捉えるこ…

ながれと形6〜私が私になること

こうして変化する私を受け入れることは、別の視点から見ると私が私になるということでもある。私はいま、今ここで与えられる想いや気持ち、感じに目を向け、できるだけ気づくように努力し、受けいれ、必要ならば言葉にし、それに従って行動し、人や世界にか…

ながれと形5〜変化する私を受け入れること

前回、ロジャースのパーソナリティ理論から人は「今ここの実在の流れ」が「より良く流れる」方向に成長していくことを見た。この理論は私の実体験にも通じるものがあるように思う。私は「私」を、今ここを与えられ刻一刻と変化しながら生きている存在として…

ながれと形4〜ロジャースのパーソナリティの理論

前回この身体を流れるものとして「今ここの実在の流れ」があるのではないかと書いた。これは私一人の考えではないように思う。実際ロジャースもそのパーソナリティ理論で人間は気持ちや感じが「より良く流れる方向」へ変化・成長すると指摘している。それに…

『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)2

もちろんこの本はユートピアではない。ハクスリーは世界統制官にこの社会が幸福と安定性を保つ代償として、芸術、科学、宗教、自由などをすべて犠牲にしていることを告白させている。そして私にはこの社会は、私が生きるベースとしている「今ここの実在の流…

「何故」の力、「何故なし」の力3

前に「なぜ」「何のため」という問いが、既存の世界の前提や自分自身を新しくする力を持つと同時に人を断罪する力を持つことを書いた。特にこの問いが「生きること」に向くとそうした傾向が強まる。「生きる」ということに値するだけの「何のため」を持って…

「何故」の力、「何故なし」の力2

この「なぜ」「何のため」という問いは、時に私を断罪し、無意味さを感じさせる力を持つように思う。若い時私は、どうしてもやりたい仕事を見出せなかった。「何のため」に働くかに答えを見出し、着実に歩みを続ける友人を見て自分はダメだなと感じさせられ…

「何故」の力、「何故なし」の力1

「なぜ」「何のために」という問いには、鋭利な刃物のようなところがあるなと感じている。とても大切で役立つ部分と、人の生きる力を削いでしまうようなマイナスの部分が同居しているように思えるからだ。例えば「なぜ」そうなるかを考えさせれば、子どもの…

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで5

もう一点、この第八図の解説で私に役立つと思えたのは、「何故なし」ということである。上田は西田哲学の考えを取り入れ、もともと「自己」というあり方が場所的であると指摘する。例えば「父親としての自覚」が生まれるということは、自分をでて、家族とい…

『十牛図〜自己の現象学』(上田閑照)を読んで4

この十牛図という本の中で私が大切だなと感じるのが、第八図「人牛倶忘」を巡る著者上田閑照の考察である。前に触れた第六図「騎牛帰家」のあと、第七図では自己が真の自己と一体になり、牛の姿が人のうちへ消えてしまう「忘牛存人」へと続く。 これは一つの…

新型コロナウィルス危機と私6〜仕事がもたらす偽の安心感

前回新型コロナウィルスの蔓延の中で、私たちは思ったよりも大きなストレスにさらされているのではと書いた。私は今、外出をできるだけ控えているが、先週だけは仕事がたてこみ、ほぼ毎日出勤をした。ところが週の終わりになって、思いもよらず精神的に楽に…