エドガー・シャインという組織心理学者がダイアログについてまとめています。

プロセス・コンサルテーション―援助関係を築くこと

プロセス・コンサルテーション―援助関係を築くこと

 ご参考までに

・対話=「管理された」会話の1つの形態(もう一つはフィードバック)

・対話=参加者に文化的学習や言語、心理的構造から生まれてくる何らかの隠された、暗黙の仮定に気づかせる
@日常生活では、われわれは互いに理解しており、同じ前提に立っていると仮定
=コミュニケーションが決裂、対立が生じたときのみそれを見直す
@対話=すべての人がそれぞれ違うという想定に立っていて、相互理解というのはほとんど幻想にすぎないという仮定から始まる。
@自分たちの暗黙の仮定にもっと意識を向け、会話している相手は違う前提に立っているかもしれないことに気づく必要がある。
@対話=より効果的な対人関係の学習をするための雰囲気づくり
=暗黙の仮定が異なり、言葉の定義が違うゆえに生じる対人関係上の対立を解決するたった1つの方法
@実りのある相互理解の方法としての対話

・対話の方法
@多くのワークショップ=相手の話を積極的に聴くことを強調
@対話=「最初の内は、自分の思いに耳を傾け、背後に潜む仮定をしることに集中」
=思考プロセスに焦点。自分たちの認識や知覚がいかに過去の経験によって行われているかに注意がはらわれる。
@特に特にはじめのうち、積極的傾聴は焦点ではない。対話の中で「自分自身の仮定、あるいは想定が何であるか」という自己分析に多くの時間を費やす
@やがて参加者はお互いに積極的に聴く
@感受性訓練の計画的フィードバックではなく、対話の場合、会話の自然な流れを強調
@計画的フィードバックをおさえたり、対人関係で直接対峙することを抑えてしまう
@輪になってすわり、お互いに向かってではなく、「キャンプファイアー」に向かって話かけるとき、対話は一番よく機能する。
@誰かに話しかけるのではなく、皆が語らねばならないこと
=対話では文化的規則が破られる=質問に答えない、互いの目を見る、黙ったままでおれる、等しく発言の機会をあたえる
@多くの人にとっては、会話の自然な流れがペースダウンし、焦点を失い、業務を成し遂げたり、結論に至らねばとする心配を忘れたいような気がする
=黙ったままでもいれる
@集団の規模は制限がない=対話では集団としてより高いコミュニケーションレベルに達するという目標があるため、個人の役割はぼんやりする。個人的働きの多くは内部にあり、自分自身の前提を検証しているため。

・対話のはじめ方
?椅子を円形になるように並べる。
?対話の一般的概念について説明。それから、全員にこれまで経験した「よいコミュニケーション」だと感じた対話を思い出してもらう
?どんな経験だったかを隣の人とわかちあい、その体験の特徴を考えてもらう
?全員で分かち合い、会議メモに書いていく
?これらの特性についてよく考えるように集団に促す
?自由に話してもらう。
?説明、明確化が必要なら、コミュニケーションの問題を例示する概念やデータを使って介入
?各人のコメントで対話を終える

・対話の時間
@1〜2時間のもの多い
@数日にわたるワークショップでは毎日20分づつも
@始める手続き(一人一言でもよい)。全員が貢献を求められることをさりげなく示す。「我々はみな同じ条件で一緒に土俵に立っている」


@十分な本質を理解する。=参加メンバーが他の誰かと本当によいコミュニケーションがとれたと感じた時を思い出す。


・対話の持つ仮定
@私たちが自分たちの思考プロセスが、どのように働いているかに意識を向けるなら、コミュニケーション自体の持つ複雑さや相互理解をもっと評価できるようになり、我々は徐々に共通理解を築いていけ、集団としての思考プロセスによって個人の思考プロセスを克服できるようになることである。
@対話の重要な目標=集団が高いレベルの意識と創造性を持つこと
=一連の意味を共有し、「共通」の思考プロセスを徐々に作り上げていく
=共通の仮定、共通の言語
@対話は、クリエイティブに問題を識別し、その解決を目指すことが可能となるような潜在性を秘めた手段。
@対話の場では集団全体が学習の対象。メンバーは誰も自分一人ではこれまで思いもつかないであろうアイディアをみんなで作り上げるという潜在的興奮をわかちあう。
@フィードバックは集団プロセスの目標としては奨励されない


・自分たちの思考と認知のカテゴリーがいかに恣意的であるかに気づき、われわれの基本的な認知プロセスの不完全さ、偏見を意識するようになる
@鳥類、爬虫類というカテゴリー=便宜的なもので現実ではないを忘れがち。現実を無理やりカテゴリーに当てはめて理解しようとする。
@対話のプロセス 自分たちの思考プロセスが、世の中を便宜的なカテゴリーに細分化することで行われているかに気づかせる。
@カテゴリーは恣意的なもの=便宜上、生存の上で重要な外部の現実に対処するのを容易にするために文化の中で発展してきた。
@対話によって、外部の現実を認識する恣意的なやり方をいくつか認めるようになり、集団の他のメンバーは、外部の現実を違ったように切り取っているかもしれないことに気づく
@現実とは連続体なのに、概念・カテゴリーにバラバラにしてしまう自分たちの思考プロセスに気づく